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2017年3月31日 (金)

伝える事


あなたは 特別な人

外見や している事
言葉や 仕草

着ている洋服
みている景色

周りと同じようで

実は あなただけのモノなの

どんな髪型が好き??

どんな言葉に救われる??

どんなコーディネートが好み??

あなたが 一番最後に
みたい景色は どんなもの??

あなたは あなたの心で出来ている

でも 今は

それを 表に出すのが
恥ずかしいと思う人が
増えています

誰かに否定されないか

そんな不安を抱えて

それでも 言葉や行動にしなきゃ
誰にも伝わらないのです

伝える事は

自分自身を変え 人を引き寄せる

否定されると同時に
共感する人も出てきます

今の生活に不満をもっているなら
まず 自分の考えを覆してみる事

「どうせダメだ」

「理解してもらえない」

そうではなく

「大丈夫」

「わたしは 理解してもらえる人」

そう 信じてみる

そうして 信じる事を
周りに伝えていくのです

2017年3月30日 (木)

一歩踏み出すこと


ワークショップ開催にあたり
一歩踏み出す事と 伝えていく事
それぞれについて 少しずつ
話して行きたいと思います

“ゲーム“

私たちは 誰かのゲームの中で
生きているのかもしれません

ゲームというのは
セーブをしたり リセット
できるということ

みなさんの周り または
みなさん自身

やっている事 やらなきゃいけない事を

「また 明日やればいい」

「またチャンスはある」

と 安易に 後回しにしていませんか??

これらは
自分自身が満足いくように
一生懸命頑張った後
一旦休む気持ちで 唱える言葉

誰かに 認めて貰えなかったから
誰かに 無理だと否定されたから

どうせ自分は ダメなんだと

諦めてしまうのは
少しもったいないかもしれません

なぜなら あなたには
あなたにしか 出来ない事があって
きっとそれを必要としている人が
知らない処で たくさんいるから

誰かの言葉で

「どうせ」や 「またいつか」
という気持ちになってしまうのは
それだけ 自分に自信がないという事

一生懸命何かと向き合う事を
恐れているという事

怖くてもいい 辛くてもいい
泣いてしまっても 遠回りをしても

でも どうか

「負けないで」

誰かの気持ちや言葉に
押し潰されて 自分を亡くさないで

あなたを観てくれてる人が
以外とすぐ近くに
ちゃんといるから

迷わず 一歩

踏み出してみて

2017年3月23日 (木)

レクリエーション介護ワークショップ 開催☆

カランコエ主催
障がい児,者
レクリエーション介護ワークショップ

日付:4月15日(第3土曜日)
時間:15時~
定員:6名(1名~)
料金:200円~
場所:新宿三丁目(最寄り駅)
内容:(仮名)一歩踏み出す事と伝える事について
スタッフとしてレクをつくるまで
繋がりが生きがいになる理由

★レクリエーション介護とは
個別・集団,カルチャー・イベントなどのサービス

●こんな方に来てほしい
・自分の好きな事や特技を活かしたい
・新しい事に挑戦したいけど自信がない
・自分を探したい
・楽しいリハビリの場所
内容を増やしたい など

こんな自分だから ダメなんだ じゃなくて
そんなあなただからこそ 繋がれる

少しでも興味があったり 気になる
ようでしたら ご質問だけでも
気楽にお声かけ頂けると嬉しいです☆

2017年3月18日 (土)

愛情

まだまだ 書きはじめなので
自己紹介がてらの記事を続けます

“持って生まれてきたもの“

私は天性からの障がいをもっています
多くは語りませんが 視覚障がいです

小さい頃から 通院し
学校は 母の意志で 普通校へ
通っていたため
介助者がついたこともあったし

教科書は いつも
文字が拡大された 特別なものでした

大きくなればなるほど
周りからの視線や 言葉が刺さり
友達と呼べる人も
その頃の 私の中には いませんでした

両親も 気づけば 片親になり
年が離れた兄弟も 自立してゆき

病気にいたっては
自覚症状がないために
周りから何を言われても
自分がそういう人であることを
知らなかったから

ただ 憎くて ただ悲しくて

その頃の 口癖は

「なんで 私が、わたしばかりが。」


“貰ったもの“

そんな 私が 最初に貰ったものが
親友からの 温もりでした

みんなと同じだった
それでも みんなと違った

誰よりも近くにいて
何より 私を 友達として
みてくれていた気がします

それから 10年もたった今では
彼はもうこの世にはいません

亡くなる前に
私に 好きと言えなかった
と 言う言葉を残してくれた気がして

それから 何年もたって
人生で初めて付き合った人さえも
私がどんなに苦しめても
素直になれなくても

私の事を 好きだと 言い続けてくれた

まるで 叶えるためのように

貰ったものがあったからこそ

どんな 憎しみや悲しさ
悔しさよりも
この胸に つねに一番に
入っているものが

その 愛情なのです

時がたってからしか
気づかないかもしれない
だからこそ 今
目を閉じて 手を胸にあててみて

心にうつるのは
誰の姿で どんな幸せですか??


2017年3月15日 (水)

過去と今

はじめましてのみんなへ
自己紹介として
少し 私事をお話します#・∀・)

まず 私は あの頃
母と 兄2人と 生活をしていた
就寝時間は 9時(pm)と決められ
母が 絵本を読み 寝かしつけてくれた

その夜の時間が
一番好きだったかもしれない
昼間は ほとんど仕事で
いなかったような母
帰ってくるのが 深夜で
おやすみも 言えない日も
珍しくはなかった

そうして 少しずつ大きくなると
いくらでも 夜更かしするようになる
思い出話をしたいとこだけど
あまり長くなるとアレだから
さっそく暴露をすると

その夜更かしをするときの
私の時間潰しが 「妄想」だった
それも「エロイ」のが好きだった
こんな昼間っから かたじけない。。

エロイ事以外は 主人公が
何人もいたため 誰かが傷つき
その傷を癒すように
助けてあげる というような
ドラマ展開を 自身一人の頭の中で
何人もの役を演じて 想像していた

どうして そういう事を始めたのかは
全くもって分からない
いつの間にかってやつだった
それは 大人になった今でも変わらない

でも 今となっては
その妄想するという行為が
不可欠だという事に気づいた

心理学的療法で こうある

“ 過去の親は両親だ
しかし 大きく育った今
親は 自分自身だ “

心の中に 小さい頃(過去)の自分を
想像出来る人は
その 傷ついた自分に
今の自分から その時にかけてほしかった
言葉や してほしかった事をしてあげる

という療法

ようするに 夜中まで帰ってこない母を
寂しい気持ちで待っている私自身と

男女が 愛し合い 抱き合ったりする事が
温かいものだと感じた事とを

重ねて まるで 母から
抱っこされ 温もりを感じるかのように
自然に その「妄想」ともいえる
療法を行い 自分を守って
いたのかもしれない

大事なのは 我慢しなくていいという事

さみしかったよね つらかったよね

一緒にいたいよね お話したいよね

そうやって 自分の気持ちを
確認するかのように
心に問いかけ 私を そしてあなた自身を
包み込んであげて

『“ 過去の親は両親だ
しかし 大きく育った今
親は 自分自身だ “』

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